津地方裁判所上野支部 昭和42年(ワ)7号 判決 1968年12月13日
原告
吉田いしの
ほか二名
被告
樫本信雄
ほか五名
主文
被告田中芳春、同中西喜久夫、同木田一郎、同株式会社木田建設、同泉州運輸機工株式会社破産管財人樫本信雄は各自原告ら各自に対し、金九八万円およびこれに対する昭和四二年三月一四日以降右完済まで年五分の割合による金員を支払え。
同被告らに対する原告らその余の請求を棄却する。
被告中西喜次郎に対する原告らの請求を棄却する。
訴訟費用中、原告らと被告中西喜次郎との間に生じた部分は原告らの負担とし、原告らとその余の被告らとの間に生じた部分はこれを五分しその二を原告らその三を同被告らの負担とする。
この判決は原告ら勝訴部分に限り仮りにこれを執行することができる。
事実
第一、当事者双方の申立
原告訴訟代理人は「被告らは各自原告らに対し各金二三五万八、二七五円およびこれに対する昭和四二年三月一四日以降右完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの連帯負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。
被告らはいずれも「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。
第二、当事者双方の主張
(原告らの主張)
原告ら訴訟代理人は、請求原因として、
「一、原告いしのは訴外亡吉田勉(大正一三年一〇月一七日生)(以下被害者ともいう)の妻であり、その余の原告ら二名はその子である。
二、被告田中芳春は昭和四一年五月二九日当時運送業を営む日泉運輸産業株式会社(現在の商号泉州運輸機工株式会社)(以下日泉運輸とも称する)に被用されている自動車運転手である。被告株式会社木田建設は会社の目的を、(1)建設業、(2)右に付帯関連する業務一切を行うこととする株式会社であり、被告木田一郎は本件事故当時右会社の代表取締役であり、被告中西喜久夫は昭和四一年五月二九日当時右株式会社木田建設に被用されている自動車運転手であり、被告中西喜次郎は被告中西喜久夫の実父である。
三、しかして訴外亡吉田勉は、若い頃より大工職を業としていた者にして、株式会社木田建設の設立以来同会社に大工職として雇われる事あり、昭和四一年五月当時同会社より日当として金二、二〇〇円也を給せられていたのであるが、昭和四一年五月二八日朝より株式会社木田建設に大工として雇われ、同会社が三重県より請負つた三重県阿山郡伊賀町柏野柘植川に架する柏野橋の橋脚築造工事の作業に従事し、翌五月二九日午前二時半頃其作業を終え、同被告会社の代表取締役の一人たる被告重種こと木田一郎が、所有権者たる訴外三重菱和自動車株式会社よりその使用権を取得し、更にこれを被告株式会社木田建設に転貸しつつありし普通貨物自動車ジープ(三重一れ一六八八号)を被告中西喜久夫が飲酒の上運転し、其ジープの左助手席ドア際に前記吉田勉を同乗させて右工事場を出発し、上野市沖なる同被告会社営業所へ帰る為五月二九日午前二時四〇分頃右工事場の東南方約一、二〇〇米なる三重県阿山郡伊賀町御代地内の県道を南進し、同町山畑なる同被告会社の別の工事現場へ道具類を引揚げに立寄る為時速約三〇粁にて同町御代地内名阪国道御代インターチエンジ平面交叉点(現在は立体交叉点となつている)に差掛り、同交叉点を南へ横断しようとしたものであるが、同交叉点は当時その進行方向に対して(即ち北面して)二六時中一時停止の赤色の点滅信号が標示せられている程に危険な交叉点であり、当時被告中西喜久夫は、酒気も帯びて注意力も散漫となつていたのであるから、其の手前で完全な一時停止をするは勿論、同所の名阪国道の左右の安全を十分確認し、若し同国道に車両を認めたときは、その距離、速度、動静等に十全の配意をし、其の安全を確認した後進入するか、又は更に停止を継続しその通過を待つて進行するか等して、危害の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるに拘らず之を怠り、完全な一時停止もせず、折から前記名阪国道を西方から東進する被告田中芳春運転の大型貨物自動車を認めながら、その距離・動静等に配意せず自車が該交叉点を横断し終るまでには同車は接近しないものと軽信し、帰路を急ぐの余り漫然該交叉点に進入した過失に因り、同交叉点南側附近において自車の右側部を同車の前部に衝突させ、同乗者五名中一部の者を車外に転落させ、他の者を車内に転倒させ、依つて右同乗者中の吉田勉に頭蓋底骨折の重傷を負わせ、同日午前一〇時三〇分頃上野市民病院において死亡するに至らせたのである。
四、次に被告田中芳春は、前項の日時頃日泉運輸の運転手として、訴外大阪ふそう自動車株式会社の所有にして、日泉運輸が使用権を有して使用中なる大型貨物自動車(泉一あ六四六号)に、日泉運輸所有のボールトレーラー(大九あ五〇六〇号)を牽引して運転し、時速約六〇粁の速度で三重県阿山郡伊賀町御代地内の名阪国道を東進中、前項記載の交叉点に差掛つたのであるが、同交叉点は進行方向に対して(即ち西面して)黄色の点滅信号が点灯せられており、且つ当時はボールトレーラーを牽引していた為、容易に制動がきかない状態であつたのであるから、このような道路及び車両の状況を考慮し、予め安全速度に減速し、該交叉点の左右の安全を確認しつつ危険の虞ある場合は、何時でも停止し得る様な速度と方法とで進行し、危害の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるに拘らず、之を怠り前同様の速度の儘漫然同交叉点に進行し来つた過失に因り、同交叉点の手前(西方)約五〇米に接近した際、左斜前方五〇余米の県道を該交叉点に進入しようとして南進する被告中西喜久夫の運転する前記普通貨物自動車(ジープ)を認め、危険を直感し、急停車の措置を取ると共に、急拠ハンドルを右に切つたが及ばず、同交叉点南側において、自車の前部を同車の右側部に衝突させ、同車を跳ね飛ばし、同車に乗つていた五名に対して前項末段に記載したとおりの傷害を与へたものである。
五、以上第三、四項に記載のとおりの事故に因り、吉田勉に対する加害行為は、被告中西喜久夫、被告田中芳春両名の共同不法行為なりと謂うべく、此両被告は、民法第七〇九条乃至第七一一条により、又被告株式会社木田建設・被告木田一郎及び日泉運輸の三名は各自、自動車損害賠償保障法第三条により、本件事故に因る一切の損害を賠償すべき義務がある事は明かである。また被告中西喜次郎は、昭和四一年九月六日夜原告ら代理人に対し、被告中西喜久夫の右債務を重畳的に引受けたものである。
六、本件事故により原告らの蒙つた損害は次のとおりである。
(一) 被害者の逸失利益および慰藉料
右事故の当時被害者は、身心共に健全なる成年男子にして、大工職として一日金二、二〇〇円也の日当を稼ぎ、一ケ月平均二四日間働き、毎月金五万二、八〇〇円以上の収入を得ていたが、その現実の生活費は毎月金一万円以内であつたから、同人は、自己の労働によつて毎月少くとも金四万二、八〇〇円即ち年額金五一万三、六〇〇円也宛の純益を得ていたことになるが、同人は右事故に因る重傷の為之を取得する事が出来なくなつたのであり、その損害賠償債権及び慰藉料債権は、同人の死亡に因り、原告らが各々三分の一宛の持分を以て相続したものである。
而して被害者は右事故死亡当時満四一歳の男子であつたのであり、厚生大臣官房統計調査部管理課発表の第一〇回生命表によれば、満四一歳の日本男子の平均余命は、二九年九七であり、従つて右被害者は尚将来一九年間(六〇歳迄)引続き大工職として労働可能なる事、即ち尚将来一九年間毎年金五一万三、六〇〇円也宛の純収入を得ることを期待しうべく、依つて同人の此一九年間の年純所得額を年五歩の法定利率を以てホフマン式複式計算法に依り、その一時払額を算出するときは金六七三万六、四一二円也となる。又同人は年齢僅か四一歳にして最愛の妻子たる原告らを遺して俄かに此世を去つたことは洵に遺恨千万なりしと謂うべく、更に右傷害より死亡迄八時間弱の間の身心の痛苦も亦堪え難かりしものありと謂うべく、之等の苦痛に対する慰藉料として加害者ら各自に対して金一〇〇万円也を請求する事を得るものであり、原告らは昭和四一年五月二九日午前一〇時三〇分頃勉の死亡に因り、各自三分の一宛の持分を以て共同して以上各債権を相続(承継)したのである。その後原告らは、昭和四一年一一月八日被告株式会社木田建設が前記加害車(ジープ)に関して保険契約せる保険会社たる訴外日動海上火災保険株式会社から自動車損害賠償責任保険の保険金として金一〇〇万五、七九三円の給付を受けまた被告木田一郎から賠償金の一部弁済として昭和四二年三月までに合計金一五万円の各支払を受け、また昭和四三年三月三〇日頃日泉運輸が前記加害車(大型貨物自動車)に関して保険契約せる保険会社たる訴外同和火災海上保険株式会社から自動車損害賠償責任保険の保険金として金一〇〇万五、七九二円の支払を受けたから、以上の各受領金を被害者の逸失利益の一時払額中に充当するときは、これを控除した残額は金四五七万四、八二七円となるところ、これと前記被害者自身の有した慰藉料債権額金一〇〇万円と合計すれば金五五七万四、八二七円となるから、原告らはこれにつきその相続分に応じ承継取得したものというべきである。
(二) 慰藉料
次に原告吉田いしのは、右事故迄は極めて健康・明朗なる主婦として日々楽しく一家の生活を保持して来たのでありました処、昭和四一年五月二九日卒然として夫吉田勉の本件事故死に遭い、生活の中心を奪われて全く途方に暮れ、胸中に俄かに凝り固りが生じて融けず、之が為に急に胸部疾患を病い、昭和四一年八月一二日より数箇月間大三結核療養所に入院して、治療を受けその後退院して以来現在も尚自宅にて静養を続けつつある状態であり、又原告吉田幸代・同吉田愛子の両名は共に現在尚義務教育を受けつつある少女にして、一瞬の間に慈愛深かりし実父を喪い、一時は親戚の家に預けられて生活し、通学するの止むなきに至らせられ、将来も病弱なる女親のみに頼つて生活して行かなければならない悲惨な運命に陥らせられたのであり、之等の故に原告ら自身の受けつつある精神的苦痛は洵に筆舌に尽す事が出来ないものがあり、依つてその慰藉料として、原告らは各自被告らに対して金五〇万円也宛の支払を請求し得べきである。
七、よつて原告らは被告らに対し各自金二三五万八、二七五円およびこれに対する本件訴状送達の翌日以後である昭和四二年三月一四日以降右完済にいたるまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」と述べた。
(被告らの主張)
一、被告泉州運輸機工株式会社破産管財人樫本信雄及び被告田中芳春の主張
被告樫本信雄及び被告田中芳春訴訟代理人は、答弁として、「原告主張の一、の事実不知、二、の事実中日泉運輸に関する部分は認めるが、その余は不知、三、の事実中吉田勉の経歴、給料等に関する事項を除きその余は認める。四、の事実中、被告田中が日泉運輸の運転手であること、被告田中が原告ら主張の日時、場所において、日泉運輸が使用権を有する自動車を運転中事故を起し、亡吉田を死亡せしめるに至つたことを認めるが、その余は否認する。被告田中は時速約五〇粁(制限速度六〇粁)にて東進中、事故現場に差しかかつたものであり、交叉点の信号が黄色点滅信号に出ていたので減速の上進行しようとしたのであるが、交差点の手前五〇米付近で交差点を横断しようとする株式会社木田建設のジープを認めたのでブレーキをかけたが及ばず追突するに至つたものである。
株式会社木田建設のジープには五人乗車しており、全員飲酒しており、時速約三〇粁の速度にて、しかも赤停止信号を無視し、無謀にも交差点を横断し、このため本件事故を惹起するに至つたものである。
なお、被告田中は株式会社木田建設のジープを避けようととつさに道路の右側に待避したのであるが、株式会社木田建設のジープは本件交差点が右折禁止されているにかかわらず右折をなし、これがため逆に衝突する結果となつたものである。以上のとおり本件事故は全く株式会社木田建設側の過失に基づいて生じたものであつて、日泉運輸及び被告田中に責任はない。
仮りに、被告田中らに損害賠償責任があるとしても、損害額は争う。」と述べた。
なお被告田中は「被害者は被告株式会社木田建設に永年勤務し、使用者を監督する立場にあつたにもかゝわらず事故当日飲酒し、特に運転者中西喜久夫にも相当量の飲酒をせしめ、本件事故を惹起せしめたものであり、被害者に重大な過失があつたというべきで、過失相殺さるべきである。」と述べた。
二、被告株式会社木田建設、同木田一郎の主張
右被告両名訴訟代理人は答弁として
「原告主張一、の事実は不知、二、の事実のうち日泉運輸に関する事項は不知、その余は認める。三、の事実のうち被害者が原告ら主張の日時、場所に発生した交通事故により負傷、死亡した事実は認める。その余は不知または争う。四、の事実は不知もしくは争う。五、の事実のうち被告株式会社木田建設、被告木田一郎に関する事項は争う。その余は不知。六、の事実のうち、計算法、相続分、保険金、賠償金受領の事実(たゞし賠償金は被告木田一郎が支払つたのではなく、被告株式会社木田建設が被告中西喜久夫のために立替払いをしたものとして)を認める。その余は不知または争う。」と述べ、なお、
「(一) 被告中西喜久夫が運転していた本件ジープは原告主張の如き所有、使用、転貸上の関係は存せず被告株式会社木田建設が購入し所有し、運行に供していたものである。よつて被告木田一郎は無関係であり、本件交通事故についてなんらの責任はない。
(二) 訴外亡吉田勉は、本件事故の前日たる昭和四一年五月二八日被告株式会社木田建設の下請工事を実施し、同日午後七時頃工事終了したところ、同人の重大な過失により工事型枠寸法を著るしく間違えて施工したことに気付いたので、同人の発意と責任において直ちに修正工事を継続強行し、翌二九日午前二時半頃完成した。当時被害者は被告木田建設の下請人として同被告のため、同被告に代わつて現場における事業及び従業員の監督をなすべき義務を有していたのであるが、同人は前記修正工事完了後、現場にいた被告中西喜久夫らと飲酒を共にした上、被告木田建設が車両安全運転を期して特に酒の飲めない(酒のきらいな)運転手を現場に配置してあつたにもかゝわらず、被害者はこの者に運転させずに、飲酒酩酊している被告中西喜久夫をして本件ジープを運転せしめ、自身これに同乗して自宅まで送らせる途中、右中西の酩酊運転及びその他原因により本件事故を惹起したものである。
すなわち、本件事故は被害者の監督義務不履行および違法または重大な過失によるものであるから、被告株式会社木田建設は同人の死亡についてはなんら責を負うべき筋合ではない。
(三) 仮りに、右監督義務なしとするも、飲酒酩酊した被告中西喜久夫の運転を制止しなかつたのみならず、自らもこれに同乗したことは重大な過失であるから、本件損害賠償額につき少くとも七〇パーセント過失相殺をなすべきである。
(四) 被告者の死亡前三ケ月間の一日当り賃金は一、四五〇円である。原告主張のごとき二、二〇〇円ではない。」と述べた。
三、被告中西喜久夫、同中西喜次郎の答弁
被告両名は答弁として、「請求原因一、は不知、二、の事実中被告中西喜次郎は被告中西喜久夫の父であること、被告中西喜久夫は被告株式会社木田建設労務従業員として被用されていたことは認め、その余は不知。三、の事実中被告中西喜久夫が飲酒運転し、ジープの左助手席に亡吉田勉が同乗して工事場を出発し、会社営業所へ帰る途中本件事故が発生したことは認めるが、その余は不知。四、の事実は不知。五、の事実中被告中西喜次郎は昭和四一年九月六日夜原告らの代理人に対し、被告喜久夫の債務を重量的に引受けたことは否認する。六、の事実は争う。なお被告喜久夫は飲酒運転をしたが、本件事故は日泉運輸のボールトレーラーの速度超過により発生したもので、飲酒によつて被告喜久夫が運転を誤つたものではない。たとえ、正常な運転をしていても本件事故は発生していたかも知れない。」と述べ、
なお、「被害者は被告喜久夫の飲酒運転をするのを認識しながら警告をすることもせず、事故車に同乗しているもので、このことについて被害者にも過失があり、この過失は損害金において相殺控除せられるべきである。」と述べた。
第三、証拠 〔略〕
理由
第一、本件事故に対する判断
一、原告ら主張の日時、場所において、本件事故が発生し、ために被害者が受傷し死亡した事実は当事者間に争いがない。
二、〔証拠略〕を総合して、当裁判所が認定した事故発生の状況及び被告中西喜久夫、同田中芳春の過失は次のとおりである。すなわち、
被告中西喜久夫は前記日時加害車(ジープ)を運転して時速約三〇粁で、三重県阿山郡伊賀町御代地内の県道を南進し、本件事故現場たる御代インターチエンジ平面交差点に差しかゝり、同交差点を南へ横断しようとしたが同交差点はその当時その進行方向に対して(すなわち北面して)四六時中一時停止の赤色の点滅信号が標示せられている程の危険な交差点であるから、当時同被告は酒気も帯びて注意力も散漫になつていたのであるから、その手前で完全な一時停止をするのはもちろん、同所の名阪国道の左右の安全を充分確認し、もし同国道に車両を認めたときは、その距離、速度、動静等に十全の配慮をなし、その安全を確認した後進入するか、またはさらに停止を継続し、その通過を待つて進行するか等して、危害の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務がある。しかるに被告中西喜久夫はこれを怠り、完全な一時停止もせず、折から前記名阪国道を西方から東進する被告田中芳春運転の大型貨物自動車を認めながら、その距離、動静等に配意せず、自車が該交差点を横断し終るまでには同車が接近しないものと軽信し、帰路を急ぐのあまり漫然該交差点に進入した過失により、自車の右側部を同車の前部に衝突させ、同乗者五名中一部の者を車外に転落させ、よつて右同乗者中の訴外吉田勉に頭蓋底骨折の重傷を負わせ、同日午前一〇時三〇分頃上野市民病院において死亡するに至らしめたものである。
次に被告田中芳春は、前記日時頃加害車(大型貨物自動車)に被告日泉運輸所有のボールトレーラーをけん引して、時速約六〇粁で、三重県阿山郡伊賀町御代地内の名阪国道を東進し、本件交差点に差しかゝつたが、同交差点は進行方向に対して(すなわち西面して)黄色の点滅信号が点灯せられており、かつ、当時はボールトレーラーをけん引していたため、容易に制動がきかない状態であつたのであるから、このような道路および車両の状況を考慮し、予め安全速度に減速し、該交差点の左右の安全を確認しつつ危険のおそれある場合は、なん時でも停止しうるような速度と方法で進行し、危害の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務がある。しかるに被告田中芳春はこれを怠り前同様の速度のまま漫然同交差点に進入してきた過失により、同交差点の手前(西方)約五〇米に接近した際、左斜め前方五〇余米の県道を該交差点に進入しようとして南進する被告中西喜久夫の運転する前記普通貨物自動車(ジープ)を認め、危険を直感し急停車の措置をとるとともに急拠ハンドルを右に切つたが及ばず、同交差点南側において、自車の前部を同車の右側部に衝突させ同車をはね飛ばし、同車に乗つていた五名に対し、前段記載のごとく、傷害を与え被害者を死亡するにいたらしめたものである。
以上認定事実に反する証拠はない。
従つて、本件事故による被害者の死亡は、被告中西喜久夫、同田中芳春の過失の競合により生じたものということができる。
三、もつとも前記各証拠によると、被害者は事故直前の作業については大工頭として、被告中西喜久夫その他の大工、手伝等作業員の責任者の地位にあつた。被害者は飲酒はしなかつたが、被告喜久夫が作業終了後飲酒していることを認識し、飲酒していた同被告が加害車(ジープ)を運転するのを制止しなかつたのみならず、自らもこれに同乗していることにつき大なる落度があつたことは、被告ら主張のとおりであるから、この点は本件損害額の算定につき過失相殺として斟酌すべきである。
四、被告中西喜久夫が被告株式会社木田建設に、被告田中芳春が日泉運輸に各被用されていた運転手であることは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕を総合すれば、本件加害者(ジープ)は、本件事故当時被告会社の代表取締役の一人であつた被告木田一郎が、所有権者たる訴外三重菱和自動車株式会社よりその使用権を取得し、さらにこれを被告株式会社木田建設に転貸しつつあつたものである事実が認められ、(〔証拠略〕中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定に反する証拠はない)また加害者(大型貨物自動車)が本件事故当時訴外大阪ふそう自動車株式会社の所有であつて、日泉運輸産業株式会社が使用権を有して使用中であつたことは当事者間に争いがない。
以上のとおりであるから被告中西喜久夫、同田中芳春は共同不法行為者として民法第七〇九条ないし第七一一条により、被告株式会社木田建設、同木田一郎、同泉洲運輸機工株式会社破産管財人はいずれも自賠法第三条により、各自本件事故により原告らに与えた損害を賠償すべき義務があること明らかである。
なお、原告らは被告中西喜次郎に対して、同被告が被告喜久夫を前記債務につき重畳的債務引受をなした旨主張しているが、被告喜次郎において成立を認める甲第六号証も、被告中西喜次郎本人尋問の結果と対比考量するときは、未だ以て右重畳的債務引受成立の証拠とはなしがたく、他にこれを認めるに足る証拠はないから、原告らの同被告に対する請求は失当である。
第二、損害額に対する判断
一、被害者の逸失利益
〔証拠略〕を総合すれば、被害者はその生前大工職として一日金二、二〇〇円の日当を稼ぎ、一ケ月平均二四日間働き一ケ月平均五万二、八〇〇円の収入を得ていたことが認められる。そして右原告いしの本人尋問の結果に総理府統計局発表の「昭和四一年度家計調査年報」記載の年間平均支出額をも参酌すると、被害者の一ケ月の生活費は金一万円を出なかつたものと認められるから、結局同人の年間純収益は五一万三、六〇〇円を下らなかつたものと推測することができる。しかして、被害者は当時四一歳であつたこと明瞭であるところ、被害者の生活環境及びその職種に徴すると、同人はその余命の範囲内である本件事故後なお一九年間十分に稼働し得たものと推測しうる。したがつて結局被害者が本件事故に遭遇して死亡したことにより喪失した逸失利益は、ホフマン式複式計算法によつて本件事故発生当時の一時払額に換算すると、金六七三万六、四一二円となる。ところで被害者の前記過失を斟酌すると、右はこれを三〇〇万一、五八五円に減額すべきである。しかして原告らの自認するところに従い、すでに受領した自賠責任保険金、任意弁済金の合計二一六万一、五八五円を控除した金八四万円につき、原告らはそれぞれ被害者の相続人として、各金二八万円ずつの損害賠償債権を承継取得したものというべきである。
二、被害者本人の慰藉料
被害者自身が受傷後死亡までの間身心の苦痛を味い、また多大の精神的苦痛を蒙つたことは当然であり、前認定の本件事故の態様、被害者の過失の程度、被告中西喜久夫、同田中芳春の過失の程度、原告らの家族環境その他諸般の情況を考慮するときは、その慰藉料は金六〇万円とするを相当とする。原告らはこれにつきその相続分に応じ金二〇万円ずつの債権を承継取得したものというべきである。
三、慰藉料
被害者の死亡により原告らが多大の精神的苦痛を蒙つたことは当然であり、前認定の本件事故の態様、被害者及び被告中西喜久夫、同田中芳春の過失の程度、原告らの家族環境、生活資産、状況その他諸般の情況を彼此総合すると、その慰藉料は原告らについて、各五〇万円宛とするを相当とする。
四、以上の如く、原告らの損害は各金九八万円宛となる。
第三、結論
上来説示のとおりであつて、原告らの本訴請求は被告中西喜久夫、同田中芳春、同木田一郎、同株式会社木田建設、同泉州運輸機工株式会社破産管財人樫本信雄に対し、原告らに対し、各自、各金九八万円およびこれに対する訴状送達の翌日以後であること記録上明白な昭和四二年三月一四日以降右完済まで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当としてこれを認容すべく、同被告らに対するその余の請求及び被告中西喜次郎に対する請求は失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 辻下文雄)